1980年、風景カメラマンの夫・久我耕一と共にシゴトとしては、はじめての海外取材。
この時のビンボージプシー取材生活は1年半ほど続いた。
早くから日本でも実践していた手作りキャンピングカー生活。
ビンボーは生活の知恵を生む。
若さも手伝って創意工夫の手作りキャンピングカー・ジプシー生活は楽しい毎日だった。
4×5の大型カメラ(三脚を立て黒い布を被って対象と向きあうカメラ)で風景と対峙している夫のそばで、私は同じ対象とニラメッコしたり、背を向けて反対側を描いたり。
気負わず興味を引かれたものだけを遊び心で楽しくラクガキ。
ペンでの走り書きがほとんど、彩色するには時間が足りない。
「風景は走っている!」と常に走っていた夫だった。
カメラマンと画家のペースは違うのだ。
帰国後、ラクガキ線画の楽しさ、軽さを表現できるのは「リトグラフ」かな~、複数枚作れて「旅のお土産話」にピッタリと、初の彩色リトグラフ制作に取り組み、発表。
198201「アルベロベロの家」が第一作目。
南イタリアのアルベロベッロ村、今では世界遺産に登録されピッカピカで同じ家並みがズラ~っと並んでいて壮観。
当時は傾いた家がチラホラ、素朴そのもの!この作品のよう(笑)
はじめてのリトグラフ展は作品タイトルが日本語、対象も内容も様々、色々。
とにかくすべてが初体験だった。