NO7 大サハラからニジェール河へ
1983年12月8日〜10日
(今回の文章は長いです、最後に写真3点)


 今回の地図とルートはここをクリックしてください
1983年12月8日(木) 大サハラ4日目・マリ入国・泊地、国境附近
アルジェリアの国境を越え、無国籍地帯で朝を迎えた。
一緒に泊まったポーランド隊一行に「ソフトサンドではなくマリの国境で再会しよう」と別れを告げ、先行。
「埋まったら、また助けてやるよ!」と、冗談が返ってきた。
目印らしきものが不規則に点在し、どれが正式ルートだかはっきりしない、、、。
先行の大型トラックが巻き上げる噴煙のような砂煙を追って走る。

野生のスイカが縞模様のまん丸な実を付け、薄黄色の花を咲かせていた。
2ヶ月後このソフトボールほどの実たちは、カラカラに枯れて軽くなり風に運ばれて、砂漠を転がる旅をするのだ。

灰色の焼けただれた岩場と砂地とに挟まれ、囚われの身となったブル君。
そばに固い地面があったので5,6回の脱出作業で自由の身に。
なるべく岩場を通ることにする、、、、が、またもや捕まった。

今度は、わだち跡だったので延々と、掘っては敷き、掘っては敷き、鉄板の長さ分1,5mずつ進む作業を20数回繰り返した。
あと少しというところで、前から羊を積んだトラックがやって来た。
使用人風黒人が砂掻きを手伝ってくれ、例の長いトラック用鉄板を前後に並べて、あっという間に脱出成功。
ここから先は前方台地と木の間を行くように、危なそうな所は止まって歩いて見に行って、確かめてから走るようにとのアドバイス。

そのようにして、いくつかの難所を突破した。
が、、、、避けられない大ソフトサンドが待ち受けており、完全に捕まってしまった。
今回は長い。
20数回など目ではない、数える気もしない。
時々振り返り地平線を眺めるが、舞っている風塵は風のカタチだ、車の砂塵ではない。
今日出会ったのは羊を積んだあのトラック一台きりだ。
この脱出作業はお昼過ぎまでかかり、3時間で30km走行、、、、。

その後はノロノロとでもなんとか前進。
夕方にはマリ国境の町、Tessalitにたどり着き日干しレンガの家々を目にした。
途中、標識の石は一個しか確認できず、ノーマークロードだった。

カスタム前には、轍ルートを同時出発し途中で助けてもらったスイス人グループの乗用車2台が先着。
タイヤ交換をしていた。
入国手続きはあっけなく終了、カルネのお陰か?威力か?
役人はさっぱりしていて親切で、マリの印象をますます良くした。
とにかく、憧れのマリの地を踏んだのだ。

ここからGAOの街(ニジェール河畔)まで520km。
山々は峨々として目前に迫っている。
どんな道?が待っていることやら、、、、。
スイス人グループのひとりは、なんと6回目のサハラだとか!
まだまだ砂があり、道から離れたり近づいたりして走るように、できればトラックと一緒に走るのが安全、とのアドバイス。

燃料の軽油を持っている家を捜し回る。
結局カスタムで尋ね、案内役の少年を道連れに山向こうの部落へ行き、なんとか80L手に入れた。

その家のド真ん中に井戸があり、空きカンで水を汲んでいた。
大変そうなので、水は町でもらおうと、少年を乗せて戻る。
が、町の水も同じ仕組みで、共同井戸なので順番待ちをしていた。

夕暮れも迫ってきたし、やっぱりガソリンの家で頂くことにして、山道を引き返す。
暗くて何も見えず、焚き火の明かりが家々の在処を示していた。
ここらに電気はないのだ。

ズ、ズ、ズ、ズ〜〜〜〜ズ〜、砂に捕まる。
部落の前で、またやってしまった。
2、3人の男がすっとんで来て助けてくれた。
水汲みはベテランがいて、長い長いロープで、深い深い井戸から清らかな水を楽々と48L汲んでくれた。
「ありがとうございます!」

村はずれの空き地が今夜の泊地。
ヤブの向こうではスイス人たちがキャンプしていた。
いつものように床上の荷物を全部出し、砂埃を払い、わずかな水で身体を清める。
これが私たちの最高のゼイタク。

その夜、寝付けず夢にうなされた私。
底知れない砂に埋まり、出しても出しても埋まってしまう悪夢。
もうひとつ、銀座の真ん中で迷子になったユメ。
12月9日(金) 大サハラ5日目・泊地、250km南下した不明地点
いつものように暁の空を眺めながら出発準備。
荷物積み込みは、ダンボール箱に入れたこまごま品、水タンク、ジュリカン、命の鉄板を縛り、カメラはなるべく動かないようにシュラフで押さえる。

車窓の向こうにはラクダの群、ロバの群れ。
白く光る砂の道を、ちいさな兄妹がゆっくり歩いて来た。
久し振りに見る植物、ヤシの林を背景に絵になっていた。
とってもカワイイ!

さあ、出発!、、、、と、思いきや、
なんと!一歩も行かないうちに鉄板を降ろすハメになってしまった。
この先、どうなることやら、、、、。
さっきの兄妹が地べたに座り込んで静かに見物していた。

最初は「鬼押し出し」のスケールを大きくしたような岩道を行く。
これは記念写真モノだ、と言ってるうちにサバンナになったり、不毛の地になったり、草の砂溜まりになったり。
ふと気が付くと景色が変わっていた。
ゆっくりと変わってゆく風景の中、120kmほど轍(わだち)を辿り、冷えた甘い紅茶とビスケットのテイータイム。
もう少し走ってから昼食にしよう。

危険地帯は車から降りて歩いて調べ、慎重に進む。
ブッシュの中は砂地となっているようだ。
地平線上、蜃気楼の大湖水に低灌木のブッシュ地帯がゆらめき見える度に「またか!」と、気を引き締める。
それが徐々に途切れることなく続くようになった。
その上、砂丘のオレンジ色が蜃気楼で浮かび上がるではないか、、、、。

やがて蜃気楼は目前の現実となって迫り、それは突破出来そうもない大砂丘で、迂回する轍が八方に散っていた。
私たちも見習い、西へ逃げる。
はじめ数本だった轍が一本となり、ひたすらその一本を追いかける。
また二本、三本と増え、数十本が集まった。

なかでも一番新しいダブルタイヤのトラック轍を追うことにした。
数十本が、四本に、二本に、、、、そして、一本の轍だけになってしまったが、その一本をとにかく信じて右に左にハンドルを切り、砂に埋もれたブッシュ地帯を走る。
とにかく南下はしている。

見ず知らずの先輩の轍が確信を持ってブル君を案内してくれているようだ。
他の仲間の言葉は、あたりに一本も刻まれていない。
そのうち地面が固くなり轍が消えそうになった。
ここで見失っては、、、、!

砂地では、止まることは勿論、スピードをゆるめることもできないのだ。
フルスピードのなか、必死で轍らしきを辿る。
360度ブッシュ砂地帯のこんな所で脱出作業など、不可能だ。

突然視界が開け、地面の状態が変わり黒い玉砂利の大地となった。
サードからセカンド、そしてローへ、、、、、ストップ、、、、。
ブル君は立ち止まってしまった。
黒い玉砂利の下は片栗粉のようなパウダーサンド。
ズブズブと足がのめり込んでゆく気色悪さ。

観念して水タンク、ジュリカンを炎天下に降ろし、少しでも軽くして脱出作業にかかった。
まわりには丈の低い枯れたブッシュが点在。
空はあくまでも明るく蒼く突き抜け、風の音もしない無音の世界。

今日は朝から一台の車にも出会っていない。
大サハラ地帯に、時々転がっている錆びた車の残骸や、パンクしたタイヤひとつ落ちていない。
国境の町tessalitを出発してから、人工物をひとつも見ていないのだ。
ラクダに乗ったトアレグの男2〜3人とは、さっきの大砂丘ですれちがったが、、、、。
ここには、ラクダの糞さえ見あたらない、、、、。

やけに明るい無音の世界に、一匹のハエさえ飛んでいない不気味な静けさ。
この一本の轍をどこまでも追って行くしかないが、はたして「発進」できるのか、、、、?
50m位先に枯れ草が生えていて、そこの地面はやや硬い。
そこで「発進」できることを信じ、ひたすら脱出作業。

掘っては敷き、掘っては敷き、鉄板の長さ分だけ進む作業。
そのうちデフまで埋まり、車体の下全体を掘り下げ、やっと進む。
昨夜の悪夢が具体化したようだ。

コーチャンがブル君を一歩一歩進めてる間、私は荷物運び。
水タンクとジュリカンを希望地点まで運んだ。
わずかだった車の影が長くなり、疲れもたまった。
その影の中にしばしたたずみ、行く手を眺める。
作業を続けるにしたがって、不安はつのるばかりだ。
とにかく、希望地点まで一歩ずつブル君を進めた。
50m行くのに何時間要したか知らない。

水タンク4個とジュリカン8個、砂で磨かれピカピカになった鉄板を積み込み、祈りを込めてギアを入れた。
出た!発進!!
序々にスピードを上げ、再びあの一本の轍を追い続ける。

前方に黒い塊が!
あれは何だ?
ハンドルを切る間もなく車底に激しくぶっつけ、そのまま走行。
オイルパンが裂けてないことを祈るばかり。
とにかく止まるわけにはいかないのだ。

右に左にハンドルを切るうちに轍が三本に増えた!
が、また分散してしまった。
いままでの一本を信じ、それを再び追い続ける。
あった、道だ!

私たちの頼もしくも親しい一本の轍は道の中に混じった。
この道は南へ延びているようだ。
人の住む何かはあるだろう。
西の空が茜色に染まり、行く手には魔のブッシュが控えている。

今夜はここに泊まろう、すべては明日だ。
それにしても、この道はあまりに細い。
今まで通って来た道と比べると細すぎる。
今日は一台の車にも出会っていない。

120km地点で通過する予定の村もなく、メーターは250kmを指している。
ここはどこなのだろう?
そしてこの細い道は何処へ行くのか?
人の住む所へ辿り着きたい、車に出会いたい、というのが明日の目標。
再び眠れそうもない夜を迎える。
12月10日(土) 大サハラ突破、GAOのホテル泊
不安にいたたまれず、真っ暗な中で時計を見る。
朝5時30分(後にマリ時間4:30と判明)
寝ている気分ではないので、ヤッケを着て出発準備を始めた。

片栗粉のような砂塵を少しでも防ぐため、床下物入れと後ドアをガムテープで塞ぐ。
東の空の薄明を見ながら朝食、コーヒータイム。
いつ見てもため息が出るほど美しい暁の空だが、今朝は一刻も早く太陽が昇るようにと、ひたすら待った。
金色のゆらめきが地平線から覗き、それと共に出発。

のっけからレースのような走行が続く。
道を見失わないように、かつ、一本の轍も踏まないように。
轍に乗るとイッパツで止まってしまうのだ。
ブッシュを避け、大きくバウンドしながら目まぐるしくハンドルを切り60Kmのフルスピードでサード走行。
私は、野生荒馬の背にしがみついている心境。

この状態で1時間以上止まることができなかった。
硬い空き地で一息入れ、すぐに出発。
地平線の彼方まで、黒々とブッシュは続いている。
やがて光る乾草地帯に出た。

ーーーーと、同じ位の細い道が次々と集まり、突然太い道幅となった。
数え切れない車が駆け抜けた跡、それがこの道だ!
この道はGAOに通じているに違いない。

メーターはとうに300kmを越えてはいるが、目標の村Anefisは283km地点だが、メーターやキロ数はともかく、
この道は本道に違いない。
私たちは迷子の子羊ではなくなったのだ。
が、目前にはまた砂の山、、、、、。

どう突破しようかと考えあぐねている最中、後方より二日ぶりに聞くエンジン音。
なんと、無国籍地帯でブル君が初めて脱出を助けたあの乗用車だった。
ターバン男が二人。
「サバ?」「サバ、ビアン!」(フランス語で、「元気?」「元気さ!」)
旧知の親友に出会った気分だ。
村は近いとのこと。
共に走れる地面を捜しながら行く。

彼方に家影(人工物)を発見、あそこへ行くのだ。
久し振りに目標に向かって走る。
不安は次々にこぼれ落ち、ノーマルなドライブとなってきた。

ポリスで入村手続き後はターバン2人組に先行してもらった。
彼らは村人から入念にルートを聞いていた。
ふたつの砂丘があり、はじめは左に、ふたつ目は右に大きく迂回するのがベストだと。
彼らと走りながら、56Kmも迂回した私たちの昨日の動きは正解だったと思えた。
彼らも立ち止まり、調べ、新しい一本の轍を選び、それを追跡している。

午前中と同じ状態のブッシュを駆け抜け、駆け抜け、昼頃小さな部落に着いた。
これから先は道が良い、ということで別れることにした。

湿地帯の干上がった硬い路面はまるでアスファルトのようだ。
両脇には深くえぐれたタイヤの跡が、ここでは道から外れないようにと語っている。
ここがドロンコになったら砂どころじゃない、雨期は通行止め地帯だ。

コブ牛がのんびりと枯れ草をはみ、木陰で牛飼い、羊、ラクダ飼いの子供たちが休んでいた。
ラクダは轍で出来た砂場?でしゃがみ込み、仰向けになり、砂浴びをしている。
往来のド真ん中で危険きわまりないヨ、でも、ラクダの砂浴びって大げさで愛嬌たっぷり。

村はずれで久しぶりに椅子とテーブルを外に出し、ゆったりとした気分で昼食を取った。
野生スイカだと思った実は、香りはいいけど苦くて食用には向かないようだ、、、、。
ぺっ、ぺっ、食い意地の張った私。

がらりと変わった風景、この道の状態がGAOまで続きますように。
頭の中でガオの町が、高層ビル群の大都会となって膨れあがってきた。
あと100Km、70Km、60Km、もうじきGAOだ。
40Km地点で、なんと赤い砂丘が顔を出し、地面がムチャクチャに荒れ出した。
あちこちに深い轍、そしてブッシュ。
この向こうに、本当にニジェール河とやらが流れているのだろうか?
また目まぐるしく一瞬も気が抜けない運転が続く。

あと10Kmというところで日干しレンガの四角い家々が見えてきた。
街路樹も並んでいる。
「ここはガオですか?(ひょっとすると)」
「ウイ、イシー、ガオ」

やったー!ここが夢にまで見たGAOなのだ。
子供たちが興味津々の目をしてワンサカ寄ってきたが、まずはポリスへ到着申請をしに行く。

なんと、ここのポリスはニホンゴ!も話す。
「ゴクロサン、パスポート、アシタコイ、ダイジョーブ」
「えっ!?」
「キョウ、シゴトナイ、アシタ8ジコイ、ダイジョーブ、サヨナラ」
ダイジョーブらしいので、パスポートを預けホテルを捜す。

高層ビルの立ち並ぶ大都会の妄想は一瞬にして消え去った。
途中に並んでいた露天は、すり切れたドンゴロス布や干からびた家畜の皮で作られ、肉や食品はハエで真っ黒。

ブル君のまわりに子供たちがウジャウジャ集まって来たが、疲れていたので宿の駐車場に駆け込んだ。
カギが壊れて入れない部屋もあったが、、、。
カヤ付きのベッドが2台に裸電球2個、鉄扉の窓がひとつ。
そして水が出るシャワーと洗面所付き。

とにかく!とホテルのバー(?)へ直行。
「ビ、ビールは?」
「冷えてるヨ〜」
「ウッヒャーー」イッキに飲んだ。
カウンターには英国紳士パイロットの先客。
フランスフランとマリフランの率や新旧お札の違いなど教えてくれた。
部屋に戻り全身の砂埃を洗い流した。
真茶色な衣類の洗濯も。

途中電気がフワッと消え水も止まったが、溜置きのバケツの水で久しぶりに石鹸を付けて身体を洗う。
〜〜ん、気持ちいい〜。
それにしても、すごい蚊だ。

蚊取り線香を3個つけ、アースをまき散らした。
マリはマラリア要注意国なのだ。
今日、土曜日はマラリアの薬を飲む日。

サッパリした身体と服装で、夕食はフルコース(?)ともちろんビール。
明日を心配せず今夜はゆっくり眠れそうだ。
夢にまで見たニジェール河を眺めたのは、ホテルへ落ち着いてからだった。

私たちはサハラを越えたのだ。
マリ共和国、ニジェール河畔にて